221番道路

『しんかいのウロコ』を持たせて通信交換

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 NiziUのドーム初日、良すぎ。

 終わってからめちゃくちゃツイートしたのでお分かりの通り、本当に最高だったんですよねこれが。別の場所でしっかり書きたいとは思っているんだけれど、あまりの良さにこのブログにまで感情が滲み出てしまいました。今日参戦して本当によかった〜〜〜と思える瞬間がこれでもかというほど訪れて、同じ東京ドームということもあるのかもしれないけれど、僕が現地恐怖症を乗り越えて初参戦した伝説のDreamdayを彷彿とさせる最高の公演でしたね。何とは言わないけれど、イントロが聞こえた瞬間、NiziUとの全時間が流れ込んできて完全に息止まりましたし、どれとは言わないけれど、蓄積した時間もないのにシンプルにその場の歌声のパワーだけで泣かされてどうなってしまうのかと思いました。『Be as ONE』みたいに、聴くだけで少し照明を落とした東京ドームの光景が浮かぶ曲になりそうです。

 ではなくて、その翌日に別のアーティストの公演に参戦することになった話を今日のメインにする予定でした。一応先に言っておくと、特に直接的な比較をするつもりはないし比較したいとも思っていないので、個別の感想として引き離しながら書きます。

 

 全く興味がないわけでもないし、半数以上の楽曲は知っているというレベルだったのだが、自分の意思ではなく公演に行くと、開始時刻に近づくにつれて体内から湧き出る熱気みたいなものがなくて、それから目の前のステージに人影が現れた瞬間の、自分自身のモードが切り替わる感覚もなくて、ある種落ち着いた楽しみ方ができることを知った。逆に言えば、ああいう現象は現場の雰囲気に引きずられるものではなく、自分の好きだという気持ちに起因していたという事実をはっきりと認識させられたことは、少し嬉しいような気もする。

 ただ、落ち着きが悪というよりかは、あまりの情緒の揺れ動きにパニックに陥るみたいなことがないため、自分のキャパシティに収まる受け取り方ができるという意味で、受け取るべきものを全て受け取れている別軸の満足感のようなものは得られた。積極的にやろうとは思わないけれど、たまには悪くないといったところで、自らの興奮と狂気からの解放を感じさせられる体験だった。

 今ふと思いついた喩えで言うと、温泉付きのホテルに泊まって部屋のバスルーム使うようなイメージだろうか。......ちょっと違うかもしれない。