221番道路

『しんかいのウロコ』を持たせて通信交換

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 一ヶ月ほどかけて見ていた韓国ドラマの最終回に辿り着いた。僕は基本的にミステリー、もっと言うと人が死ぬタイプのドラマしか見ないので、最終回に期待しているものはハッピーエンドかバッドエンドかといった結末の良し悪しではなく、これまでの伏線回収や大きな事件の真相解明という物語としての納得感と収束である。この手のドラマはストーリーが進んでいく中で、やはり見ているこちら側としても展開を予想したり、与えられた謎について頭を使わないわけにはいかない。これを「考察」と呼んでしまうのは大袈裟な気がするし、そのポーズを取ることもあまり好きではないので、一人でなんとなく考える程度なのだが、それでも結局のところ、自分の思考と実際の結末との差異のあり方というのがそのドラマの面白さには大きく影響するように思う。いい意味で裏切ってくれたらこんなに最高なことはないし、フィクションには自分の思考の外側に連れていってくれる『Breakthrough』を求めていて、僕にとって最終回というのはいわばその結果発表の場なのである。

 話を今回見ていたドラマに戻すと、物語の進行やギミック、舞台やキャラクターなど、とても楽しんでみることができたのだが、極めて残念なことに、結末は視聴者の皆さんの想像に委ねます、というタイプのアレだった。シーズン2を目論んでいるのかもしれないが、この最終回では自分の思考との比較対象が存在しないので、待ちに待っていた結果を受け取れないまま空中に放り出されることになる。こういうのが好きな人もいるのだろうが、僕にとっては答えを与えられないものに対する「考察」に費やす時間の行く先は虚無に思えてしまうのだ。

 

 これと似た話で、最近は他人にすら言われ始めたことなのだが、大したことのない労働で頭を使うことが思考力の無駄遣いという気がしてきた。結果がわかりやすい場所で考えるほうが明らかに気分と効率が良いので、もう長くないだろうなと感じている。やっぱり半年だったかという感じなのだが、そろそろもう少し生きやすい地を求めていきたい今日この頃である。

 

 ところで今週からついに『相棒』新シーズンが始まるので楽しみでならない。サイズとしてはミニマムになるものの、一話完結は絶対に結末を示してくれるし、その質について安心と信頼の最高峰にあるドラマなのでもう間違いないのである。

 早く「ペルソナ・ノン・グラータ」させてくれ!